9/12(水)

「痩せた?」と最近よく言われる。

浪人してた頃の最高体重と比べたら6kg強落ちたが、ここ1年くらいで急に体重が変わったわけでもない。おそらく、単純に筋肉が落ちてガタイが細くなったのだろう。(それでも体重がそんなに変動していないということは贅肉がついているということだが……)

ここ数年まともに運動をしておらず、筋トレも去年の夏にやめたっきり再開していないから筋肉が落ちているのは確かだ。走れば体が重いし、思った通りに体を動かせない。

体を自分の思ったとおりに動かせるようになりたい。ガタイを良くしたい。

やはりスポーツ選手の体には憧れを抱く。ボディビルダーのような筋肉は僕は必要としていないが、きちんと鍛えている体は美しいと思う。これからゆっくり、それなりに体を動かしていこうと思う。

8/30(木)

出掛けたついでに本を買った。朝井リョウさんの『時をかけるゆとり』と『スペードの3』の2冊。好きな作家さんなので、何度も読みたいと思って買った。スペードの3は少し読んだことがあったが、勢いで買った。以前から思っていたことだが、収集癖があるのかもしれない。好きなものは手元に置いておきたい、もっとよく知りたいという気持ち。それは本に限ったことではなく、音楽、グッズ、かつては(今もだが)好きなアイドルやアーティストの情報を集めることに精を出していたこともあった。その他諸々どのジャンルに対しても、好きな対象にはこの気持ちを持っている。おかげさまで財布はいつでも飛んでいきそうな程に軽い。愛は重く財布は軽く。いつになってもオタクを抜け出せる日は来なさそうである。

8/27(月)

彼女と付き合い始めて1ヶ月と少しが経った。

先日は花火大会に行った。良い機会だと思い、僕も浴衣を用意した。普段はふたりとも歩くのが早いが、この日は浴衣に下駄で歩きにくく、ゆっくり歩いた。夕暮れの中、焼きそばや串焼きの匂いを浴びながら二人並んでゆっくり歩くのはとてもいいものだった。花火は真下ではなく、少し離れた高台から見た。隣を見たり空を見たりと個人的に忙しかったが最高の思い出になった。楽しく話したり歩いたりしていたら、せっかく2人とも浴衣なのに写真を撮るのを忘れていたので、今度機会を作って撮りたい。

8/26(日)

全ての男子高校生にとって、「彼女欲しい」は口癖のようなものだ。僕も例に漏れず、高校生の頃から「彼女欲しい」と言い続けて日々を過ごしてきた。放課後、友人と話すことと言えば「どうしたら彼女ができるのか」「こういう女子が最高」「アイドルと仲良くなりたい」とかいうものだった。

 

モテない男子高校生にとって、この類の話は中身が無くとも盛り上がることが出来る最高の暇つぶしだ。何組の誰々と付き合いたいとか、〇〇高校の何とかって子がかわいいらしいなんて具体的な話ではない。彼女ができれば人生バラ色ハッピーライフ、勝ち組リア充うらやましい、という根拠など全くない異常なまでのガールフレンド万能教の信者たちの雑談が頻繁に行われていた。

思えば、あの場にいたほぼ全員が本当に彼女が欲しかったのかはわからないが、おそらく好きな子がいて、その子と付き合いたいというよりは、とりあえず彼女持ちになれたら楽しそうだという感覚だったような気がする。僕ももちろん彼女が欲しいとは思っていたし、モテたいとは思っていたがこれといって努力することなく、身なりに気を使うことなく、オタク趣味に没頭していた。顔がいいわけでもなく口が上手いわけでもない男が何もしなけりゃモテないのも当たり前だろう。彼女ができる気配など微塵もないまま高校を卒業した。

かわいいと思う子はたくさんいたが、告白して付き合いたいと思うほど熱い気持ちはなかった。あっさり諦められる程度の気持ちだっただけとも言えるが、自分に自信がなく、僕なんかがこの人にどうこうするなんて……という気持ちから、知らぬうちにセーブしていたのかもしれない。はっきり言えば自分が傷つかぬように逃げていたのだろう。勝負をしなければ負けることはない。

 

高校を卒業してから、浪人という俗世間から離れた生活を挟み、大学に入った。1年のころに班に分けられて受ける授業があり、同じ班にかわいい子が入った。こりゃラッキーだと思い、その授業が1週間の密かな楽しみだった。とはいえそれ以外の時間は話すこともなく、今後関わることはないだろうなあと少し残念な気もしていた。しかしつい最近、とある場面でまた同じ班に振り分けられることになり、これは行くしかないと思い、仲良くなろうと積極的に話しかけるようにした。世の中には物好きな人もいるもので、なんだかんだあって付き合うことができた。

7/1(日)

暑い。

とてつもなく暑い。

ただ暑いだけではない。ジメジメと蒸し暑く、肌の表面に空気がへばり付く。まるで厚着をしているかのようだが、暑がりの僕にはたまったもんじゃない。滝のように汗が出て、非常に困る。これがまだ7月に入ったばかりで、この後には8月が余裕綽々で僕らを待ち構えているというのだから、本当に勘弁してほしい。夏は嫌いではないが、暑いのは嫌いなんだ。

 

夏で好きなもののひとつに花火大会がある。去年は行かなかったが、ベランダからたまたま小さく見えたので1人で見ていた。なんとなく風流な気持ちになったが、そんな気持ちになっただけで特に何かしたわけでもなく、さよならポニーテールの「遠い日の花火」を聴いて感傷に浸っていた。やはりこれは名曲だ。

 

今年は何かしたいなあ。

6/15(金)

何か書こうと思いながら開いたが、これといって書くことはない。

いつものことだ。今日もいつもとあまり変わらない日々がまた過ぎて行き、こんな時間まで起きている。

明日(もう今日のことだ)の授業の予習が終わってないうえに、月曜の準備もしていない。土日も予定があり、大忙しといっていいだろう。

 

しかし、不思議とそこまで心に余裕がないわけでもない。理由はもちろんわかっているが、書かないでおく。

このブログには、できるだけ包み隠さず様々なことを書くようにしているが、たまには内緒もいいだろう。ひとには秘密の100や200くらいあるものだ。

誰も見てないネットの海の片隅。少しくらい好きにしても文句は言われないだろう。

アイドルの日常。僕らの非日常。

中学生の頃に好きになったものはその後に影響する、ということを先日、何かで目にした。それは「深夜を発見するから」らしい。確かにそうかもしれない。きらきらと輝く、自分の中だけに広がる心地よい涼しさのような青色を青春と呼ぶなら、僕の小さな青春もまた、中学生の夜にあった。

当時、僕らの周りではアイドルが流行っていた。国民的とまで言われる人気を誇ったグループがいた時代だ。それまでひたすら部活に勤しんでいた僕も、例に漏れずアイドルにハマった。休み時間に友達とどのメンバーがいいだとか、新曲の振り付けがかわいいとか、そういったことを話していた。CDを買ったりグッズを集めたりして盛り上がっていた。あまりアイドルに興味のない友人に押し付けるように喋ったりもした。
好きなアーティストについて調べることが好きな僕が、お気に入りのアイドルグループがラジオで深夜番組を持っていることを知るのにそう時間はかからなかった。そのアイドルグループの名前をインターネットの検索窓に打ち込み、そのラジオ番組の情報を得た。放送時間は25時から27時。それまで、時計の短針が12の数字を過ぎる前に寝ていた僕にとって、眠るまでは日付は変わらないというその考え方だけでも新鮮なものだった。1日は、24時間ともうちょっとある。深夜を発見したのはこの時だった。

ラジオのある日は少し早めに寝て、ラジオが始まる10分前に合わせてアラームをセットする。深夜、鳴りはじめたばかりのアラームを止めて、真っ暗な部屋の中でラジオを聴く。日常のすぐ隣に、非日常があった。27時、ラジオが終わると、楽しさの余韻をお土産に、また日常に戻る。この番組はラジオだからもちろん顔は出ないし、声しか聞こえない。アイドルなのに、声しか聞こえない。だけど、僕はそれが好きだった。
アイドルのライブや歌番組も、もちろん好きだ。でも、ほとんどの場合、そこには僕らが介入してしまう。声援や、コールとして。ライブを実際に見る興奮は凄まじいものがあるが、曲中に大きな声で声援を送ったり、コールと呼ばれる掛け声を叫ぶことが多い。これはオタク文化の一つだと言われたら確かにそうだと思うし、ライブはそんなもんだと言われたら否定する気は無い。むしろそれが求められるような曲であれば、僕も積極的に参加する。でも、そういった曲じゃないタイミングでファンに大声を上げられると、一気に日常に引き戻されてしまう。その本人がどう思っているのかはわからないが、嫌な自分を連想してしまうのだ。周囲の空気を読めない無闇な自己アピールをする自分、早口になってしまう自分、話の流れが整理できないまま話してしまう自分。ステージだけに没入し、アイドルという非日常へと逃げていた僕は、自分と同じ、たった一人のファンの大声でいとも簡単に日常へと引きずられてしまうのだ。僕は、テンションが上がった人に「それ嫌だからやめてください」とは言わない。言えない。言う勇気もないし、ルール違反やマナー違反でないなら言った僕の方が変なやつになるからだ。一度日常に引き戻されるともうおしまいだ。

僕はアイドルがその大声をどう思ってるかは知らないし、そもそも聞こえてるかどうかすらわからないが、それとは関係なく、僕は自分がオタクであることを理解しながらも、オタクの声が好きではない。アイドルだけの世界を見ていたいし聞いていたいのだ。だから僕は、アイドル同士でダラっと素のような状態で喋る、ラジオやトークが好きだ。僕らの非日常がそこにあり、アイドルの日常がそこに見える気がするのだ。