1/12(土)

どうやらこの土日、特に日曜は成人式のある地域が多いようだ。まあ僕には全く関係ないことだが。

自分の成人式は行かなかった。

浪人していてそんな暇がなかったし、別に成人式にそんなに興味がなかったからだ。

これを言うといつも「でも本当は行きたかったでしょ?」と言われるが、そんなに行きたい理由はない。

会いたい友人は普段から連絡をとっているしわざわざこんなイベントがなくても会う。小中高の友人は別にみんながみんなどうしても会いたいと思う程でもない。

ただひとつ行っておけばよかったと思うのは、女子の晴れ着姿を拝みたかったということくらいか。やはりかわいい子が綺麗に着飾ってるのは良いものだと乃木中を見て思った。晴れ着姿の乃木坂かわいい。

1/7(月)

部屋に引きこもって過ごした年末もすでに過去のお話。年始はそれなりにアクティブに動いた。今回はそんな年始の総まとめ。

 

ウイイレでオンライン対戦をしていたらいつのまにか年明け。そのまま適当な時間に寝て元日は15時頃に起きた。初日の出?そんなものはない。

 

1/2も寝正月。友人に誘われて夜は近所のラーメン屋に行った。今年も不健康な食生活の幕開けだぜ。

 

1/3は親がこっちに来た。僕が帰省できなかったので逆に顔を見に来たとのことで、昼飯を一緒に食べて話をしたりした。春には長めに帰省するのもありかな、なんて思ったり。

 

1/4は同じ学科の友人と初詣に。とは言っても彼女は既に初詣を終えているどころか5箇所ほどお参りしているらしく、そのうえで僕を誘って神社に行くとは神社巡りにハマっている僕も驚きである。この子は誕生日が冬休みど真ん中で、今まで友達に当日はおろか付近でも祝われたことがないと言っていたので、簡単なプレゼントも用意。気に入ってもらえたようでなにより。

遊ぶこと自体は年明け前に誘われていたのだが、どこの神社に行くかを話しているうちに

「景色のいいとこ行きたい」

「じゃあ近場で日の出前に行って日の出見るとか綺麗じゃない?初日の出ではないけど」

「そうしよう!」

というノリで日の出前に出発ということになり、早起きしてお迎え。のんびり過ごしても8時過ぎにはやることがなくなり、

「これからどうする?」

「どっか行こ!」

「じゃあまだ御朱印もらったことなくて行きたいとこあるんだけど」

「行こう行こう!」

「それなりに遠いけどいいの?」

「16時までに帰り着けば大丈夫!」

ということで車で2時間ほど走り本日2箇所目のお参り。敷地内の神社にもお参りしたので友人はこれで8箇所にお参りしたことになるようだ。この子はどこへ向かっているのか……

天気もよかったし友人はおしゃべり好きな人なので運転も苦にならず。ひとりで行くのも好きだけど他人と行くのもそれはそれで楽しいよね。元カノとのドライブは最高に楽しかったなあなんてことを思い出したのは内緒である。

最後にはお互い「今年中に幸せつかみたいね」「先に裏切っちゃうね」などと話して解散。ふたりとも好きな人と上手くいってない(てか僕はもう可能性ゼロなんだが)ので、この辺は本音である。

 

1/6は前日夜に他の友人に「競馬見に行こう」と言われ、暇だったので競馬初参戦。

教えてもらいつつ、無難に1レース100円かけたりかけなかったり。

1日楽しんだわりには収支も缶ジュース2本程度だったので、観戦料と思えば安い趣味だな、と思った。まあチキンな賭け方してるからだとも言えるが。

極論を言えば1円もかけずにただ観るというのもアリなので、誘われたらまた来ても面白いかもな、と思った。

馬もかっこいいしかわいいし。

 

そんなこんなで、想像していたよりは楽しめた年始だった。

友人と過ごす日々、家族と過ごす日々。それぞれに良さがあるが、好きな人と過ごせない寂しさは埋められないものだ。めんどくさい性格してんなあと我ながら笑えてくる。なんとかならんかなあ。

12/29(土)

張り切って意気込んだ途端にインフルエンザにかかるという間の悪さを、愛してほしい。書けなくなるのはこういうパターンもあるんだね。

できるだけ毎日書きたいと言った次の日はカラオケで夜を過ごし、また次の日は友人宅で鍋。

実はこの鍋に行く時点で少しふらついていたのだが、寝不足だったこともあり、まあ向こうで適当に寝ればいいだろうと思っていたのが間違いだった。

鍋を囲みながら存分にスマブラを楽しみ(僕はゲーム下手なので全然勝てない)、オーバークックを全ステージ星3クリアすることに心血を注ぎ(一年以上前からやってるのに未だに5-4までしか行けてない)、27時頃に解散した。

このころには疲労困憊である。

もちろん楽しかった。楽しかったのだが、何せこちらはインフル罹患者である。この頃はまだ知る由もないが。そりゃしんどいはずだ。

このメンツで集まるとたいてい最後まで起きている2人に入るような僕が早めに休憩に入ったあたりで怪しい気配に気づくべきだったのか。暗雲はすぐそこまで来ていたのである(というかもう手遅れ)。

まあそんなこんなで、25日深夜から病院に行った28日昼まで、常に38℃以上をキープするという偉業を成し遂げ、はたまた自分の運転で行った病院では39.2℃を叩き出したというとんでもない年末だったのだが、食料だけは友人達がパックの米やらお粥やらゼリーを持ってきてくれたおかげでなんとか助かった。本当に感謝している。ただ同じ袋に焼酎も入っていたのは流石だなとしか言いようがなかったが。

ちなみにカラオケに行ったメンバーも、鍋で集まったメンバーも、まだ僕の他にインフル患者はいないようだ。とりあえずよかった。

今日は幾分楽になった気がする。熱はまだ測っていないが、感覚的に昨日ほどではないだろう。現にこれを書くくらいの元気はある。

昨日と一昨日が一番ひどかった。酷すぎて夜一睡もできなかった時は、これさすがにやばいんじゃ…と思った。

寝たくても寝られないというのは精神的に疲弊するもので、とても心細かった。

ホームシックとは無縁な僕だが、やはりこういう時は話が別だ。孤独感しかなかった。

病院に行くのも、食料を買いに行くのも自分でやるしかない。

どんなにしんどくても洗濯はしないといけないし、食器も洗わないと使うものがなくなる。

ああこれが極限まで行くと大変なことになるんだろうなあなんて思いながらなんとか頑張った。

年末で近所の友人は皆帰省、実家組は近所にはいない。

そもそも診断を貰う前からこんな状態の人間の部屋に人を入れるのはまずい気がしていたので頼りたくとも頼れず。

それこそ彼女でもいれば、とにかく電話で声だけでも、なんてこともできただろうがいないんだからしかたない。

真の孤独を痛感した数日間だった。

とりあえずいまのところは少しでも早く体調を戻して、そこからの三日間に備えたい。

 

来年はいい年になるといいなあ。

12/23(日)

三日坊主になりがちな僕だが、他にすることもないのでできるだけ頻繁に日記を書こうと思う。後半が暗めなのはご愛嬌だ。

書かなくなったら面倒くさくなったかこれを忘れるくらいに楽しいことがあったかのどっちかだろう。

今日は特に予定もなかったので、昼頃に起きて風呂に入り、バイト先に書類を持っていくついでに本を買いに行った。

目当てはボリス・ヴィアンの『日々の泡』だ。和訳は3種類あるらしいが、新潮文庫版の『日々の泡』を求めて出掛けた。

結果から言うと新潮文庫版は無くて、ハヤカワepi文庫版の『うたかたの日々』を買った。ついでに、前から読もうと思っていたフランツ・カフカの『変身』も購入。

なぜ『日々の泡』を買おうとしていたかというと、宇宙ネコ子とラブリーサマーちゃんの楽曲で『日々のあわ』というものがあり、SoundCloudでこれに(L'Écume des jours)と書いてあったのでなんだろうと思って調べたところ、ボリス・ヴィアンの作品を知った。直接関係しているのかはわからないが、ひとつの読書体験としてありだな、と思い、行動に移したというわけだ。

 

最近、ゲームやら本やら、いろいろ買っている気がする。振られてからやたらと出費が多くなっているところに、埋められない寂しさを垣間見てなんとも情けない。

自分にお金を使うのがあまり上手ではなく、人にプレゼントをするのが好きだった。今となってはその相手もいないので手持ち無沙汰だ。貯金すればいいだろという話なのだが、まあ正論はやめよう。無駄な議論だ。

人にプレゼントして、その嬉しそうな顔を見ることが好きだった。デートも相手の行きたいところに行きたいし、相手が楽しそうならそれが僕の全てだった。僕の幸せは他人に依存していたということに最近になって気づいた。知らぬうちに負担をかけていて、相手の胸中に気づかなかった。確かにこんなの振られて当然だ。手遅れになってから気づくことが多い今日この頃である。できることなら夏ごろに戻りたい。戻ったところで、結局相手を幸せにはできないのだろうが。

12/22(土)

今日は、忘年会の後に友人がカラオケに行きたいと言い出したので二人で行くことに。誕生月のクーポンを使いたかったらしい。

この友人とは大学で知り合ったのだが、とても良い奴で話も面白い。本人は口下手だと言っているが、それ以上に真剣に話を考えてくれるし、こちらのボケにきちんと突っ込んでくれるので居心地が良い。正義感の強いところも好感が持てる。

話をカラオケに戻そう。

25時半ごろから始めて朝8時まで、歌いっぱなしだった。途中から友人が喉の回復時間が欲しいと言いだしたので、友人が1曲歌う度に僕が2~3曲歌うといった感じになった。

僕の定番のmoumoonももちろん歌ったが、yonigeやらきのこ帝国やら最近ハマっているバンドの曲もたくさん歌った。一時期はクリープハイプを聞くのもつらい時期があったがまあいつまでも引きずっててもいかんしな……と思い、栞を半分ヤケになり歌った。栞は一度だけでも喉が死にそうになるのに、テンションが上がってしまい終盤にもう一度歌ってしまった。とても楽しかった。yonigeの「悲しみはいつもの中」なども何度も歌った。思いっきり声を出して歌うと、少し心の風通しが良くなる気がする。

 

次は24日、恋人のいない者や遠距離恋愛でイブ当日は会えない者が集まる「学科のクリスマスイブ予定ない組カラオケ大会」だ。楽しみではあるが、やはり数ヶ月前まではこんなクリスマスになるなんて微塵も思っていなかったので、寂しい気持ちはある。

いつまでもうじうじ引きずってちゃいけないと思って、周りにはできるだけ明るく振舞っているが、やはり本音を言えばまた会いたいし仲良く話したいしやり直したいと思う。

そう思うのだが、あの子はこんなことこれっぽっちも思っていないだろうし、良き家族と友人に恵まれ、幸せにすごしているだろう。

救われないとわかっていても諦めきれない自分が嫌になる。自分も幸せになりたいが、僕の望む状況はあの子にとって幸せじゃないこともわかっている。

いっそ喧嘩でもして、嫌いになって別れたほうがどれほど楽だっただろうかと思ってしまうこともある。

嫌いになれない。嫌いになる要素がひとつもないまま振られてしまったのでしかたないことではあるのだが。

唯一不満があるとすればよくわからないまま振られてしまったことくらいか。しかしこれは僕にも非がある。

 

最近、喧嘩するカップルをとても羨ましく思う。彼らはお互いを受け入れ、お互いの懐のうちに入り本音で話し合うことができるのだ。

遠慮することなく、お互いを主張し、お互いを受容できる。

僕にはそれができなかった。ただひたすらに、その幸せがうらやましい。

僕も、他の誰でもないあの子と、もっとちゃんと向き合いたかった。

12/17(月)

フラれたことを友人に話したら「女ってよくわかんねえよなあ」と言われたことを、今日になってふと思い出した。あれももう1ヶ月以上前のことになる。

同情や慰めのつもりだったのだろう。彼も近頃彼女とゴタゴタがあって別れたと言っていたのでもしかしたら本心だったのかもしれない。

フラれたことに関しては確かにわからないなあと思いはしたが、僕にとって「女はよくわからない」というのは正しくもあり、一方で少し違うな、という部分もあった。

そもそも性別関係なく他人のことなんてよくわからないし、一人の女の子と上手くいかなかったことを「女は」と目的語を大きくして語るつもりもない。

僕が悲しかったのは、「他人のことはわからないながらも、それでも少しわかりあえると思っていた関係が幻想だった」ことだ。他の人よりお互いに理解している範囲が大きいなんてのは独りよがりな思い込みだったわけだ。

実際は何もわかっていなかったし、彼女も僕のことを何も分かっていなかった。そんなことは露知らず、僕は独りで楽しんでいたのだ。二人で楽しんでいたつもりだったが、現実は空虚なものだ。

悲しい哉、あれから一度も会話していないしこれからもできるとは思えない、どんな顔して話せばいいかわからないし勇気もない。向こうから話しかけてくるなんてありえないしこのままだろう。言いたいことはそんなにないけれど、聞きたいことはたくさんある。どうせこのまま、何もわからないままだろう。

学校では明るく振る舞うようにしている。暗くなっていても周りの友人に気を遣わせるだけだし、家でひとりで落ち込めばいいと思って友人と一緒にいる時はバカやっている。心の整理なんてつくはずもないが、拒絶されたのだし、いつまでもウジウジしててもしかたない。せめて自分の悪かった部分を探して改善するくらいしかできることはない。今更無駄なことだが。

12/14(金)

今年一番期待度の高い流星群、ふたご座流星群の極大日ということで、冬も本番に入った師走の26時、車を飛ばして近くの海まで行って見てきた。冷気が肌を撫でている。

 

衝撃だった。

表現はおかしいかもしれないが、天然のプラネタリウムがそこにはあった。

これまで住んでいたのは田舎とはいえ住宅地で、やはりいくらか明かりがあるので、一面の星空とまではいかなかった。有名な明るい星が見えるくらいで、見たことない星や知らない星もたくさんあった。しかしこの海辺では、今までとは比べ物にならないほどたくさんの星を見ることができた。

圧巻。言葉を失ってしまった。

綺麗という印象はすぐには出てこなかった。単純に、ただ素直に「すごい」としか思えなかった。それくらい、想像を遥かに超えた景色だった。放射点であるふたご座が天頂に来る時間帯を狙ったこともあり、真上を見る時間が多かったのだが、やはりそうしていると周りも満遍なく目に入る。視界の隅まで数多の星がこれでもかとその存在を誇示している中を、流星が次々に駆けていく。

 

こういう壮大な景色を見ると、「自分の悩みなんてちっぽけなものだ、気にすることない」なんてことを言うシーンを漫画やドラマでよく見る気がする。でもこの時、僕はそうは思わなかった。空がちっぽけな星たちを抱いているように、僕もちっぽけな、しかし確かに存在する悩みをしっかりとこの胸に抱いて生きていくしかないのだ。