"概念"化するさよならポニーテール

二代目神さまちぃたんの卒業から、あっという間に1ヶ月以上が経ち、さよポニにも少し動きがあった。

まずは新曲『虹』の発表、そして、なっちゃんとタントの『またあしたね』。

https://youtu.be/5YvumOkkcCg

↑『虹』

https://youtu.be/35D3p6-TDlY

↑『またあしたね』

 

これまで、MVにおいては、神さまの絵がそれぞれメンバーを表していた。しかし、いま、神さまは不在である。では、これからは何がメンバーを表すのか?それはもちろん『声』だろう。これは当たり前のことである。しかし、実はそのほかにもあったのだ。それは、『いままでの神さまの絵』である。いままで、神さまが示してくれたメンバーがあるから、僕らはMVの中に彼女たちを見つけることができるのである。

 

古代ギリシャの思想に、『イデア論』というものがある。これは、ソクラテスという学者の弟子であるプラトンの考えで、『イデア界』というところには『イデア』という『完全で理想的なもの』があり、現実世界にあるものはその不完全な模像(コピー)であるという考えである。

ひとつ例を挙げると、僕たちが「犬」と言われて想像するのはゴールデンレトリバーだったり、チワワだったり、柴犬だったりと様々だが、たとえチワワを想像していたのに目の前に現れたのがゴールデンレトリバーだったとしても、僕たちはそのゴールデンレトリバーも「犬」として理解できる。これは「犬のイデア」があり、チワワもゴールデンレトリバーもそのイデアの不完全なコピーであると認識するからだ、という考え方がイデア論である。

 

 つまり、さよポニにおいて、それぞれのメンバーがイデアとして存在し、僕らは神さまのイラストという一種のコピーを通して彼女たちのイデアを認識してきたため、神さまのイラストがなくなったMVの中でも登場人物をメンバーとして認識できる、ということである。『なっちゃんとタント』のMVで、黄色いパーカーを着た女の子がなっちゃんだ、とほぼ無意識的に理解したのは、まさしくこれだと言える。

 

神さまのいないシーズンになり、「さよポニはどんどん『概念』になっていく」と発表があったが、初代神さまゆりたん、二代目神さまちぃたんを経て、いま、一時的ではあるが、彼女たちのイラストの担当は、僕たち個人の中のイメージに託されたのかもしれない。