アイドルの日常。僕らの非日常。

中学生の頃に好きになったものはその後に影響する、ということを先日、何かで目にした。それは「深夜を発見するから」らしい。確かにそうかもしれない。きらきらと輝く、自分の中だけに広がる心地よい涼しさのような青色を青春と呼ぶなら、僕の小さな青春もまた、中学生の夜にあった。

当時、僕らの周りではアイドルが流行っていた。国民的とまで言われる人気を誇ったグループがいた時代だ。それまでひたすら部活に勤しんでいた僕も、例に漏れずアイドルにハマった。休み時間に友達とどのメンバーがいいだとか、新曲の振り付けがかわいいとか、そういったことを話していた。CDを買ったりグッズを集めたりして盛り上がっていた。あまりアイドルに興味のない友人に押し付けるように喋ったりもした。
好きなアーティストについて調べることが好きな僕が、お気に入りのアイドルグループがラジオで深夜番組を持っていることを知るのにそう時間はかからなかった。そのアイドルグループの名前をインターネットの検索窓に打ち込み、そのラジオ番組の情報を得た。放送時間は25時から27時。それまで、時計の短針が12の数字を過ぎる前に寝ていた僕にとって、眠るまでは日付は変わらないというその考え方だけでも新鮮なものだった。1日は、24時間ともうちょっとある。深夜を発見したのはこの時だった。

ラジオのある日は少し早めに寝て、ラジオが始まる10分前に合わせてアラームをセットする。深夜、鳴りはじめたばかりのアラームを止めて、真っ暗な部屋の中でラジオを聴く。日常のすぐ隣に、非日常があった。27時、ラジオが終わると、楽しさの余韻をお土産に、また日常に戻る。この番組はラジオだからもちろん顔は出ないし、声しか聞こえない。アイドルなのに、声しか聞こえない。だけど、僕はそれが好きだった。
アイドルのライブや歌番組も、もちろん好きだ。でも、ほとんどの場合、そこには僕らが介入してしまう。声援や、コールとして。ライブを実際に見る興奮は凄まじいものがあるが、曲中に大きな声で声援を送ったり、コールと呼ばれる掛け声を叫ぶことが多い。これはオタク文化の一つだと言われたら確かにそうだと思うし、ライブはそんなもんだと言われたら否定する気は無い。むしろそれが求められるような曲であれば、僕も積極的に参加する。でも、そういった曲じゃないタイミングでファンに大声を上げられると、一気に日常に引き戻されてしまう。その本人がどう思っているのかはわからないが、嫌な自分を連想してしまうのだ。周囲の空気を読めない無闇な自己アピールをする自分、早口になってしまう自分、話の流れが整理できないまま話してしまう自分。ステージだけに没入し、アイドルという非日常へと逃げていた僕は、自分と同じ、たった一人のファンの大声でいとも簡単に日常へと引きずられてしまうのだ。僕は、テンションが上がった人に「それ嫌だからやめてください」とは言わない。言えない。言う勇気もないし、ルール違反やマナー違反でないなら言った僕の方が変なやつになるからだ。一度日常に引き戻されるともうおしまいだ。

僕はアイドルがその大声をどう思ってるかは知らないし、そもそも聞こえてるかどうかすらわからないが、それとは関係なく、僕は自分がオタクであることを理解しながらも、オタクの声が好きではない。アイドルだけの世界を見ていたいし聞いていたいのだ。だから僕は、アイドル同士でダラっと素のような状態で喋る、ラジオやトークが好きだ。僕らの非日常がそこにあり、アイドルの日常がそこに見える気がするのだ。